2022.11.23

 

「福島を忘れない」孤高の研究者

放射線を測り続ける 小豆川勝見助教インタビュー

 

原子力災害から11年が経ち、私たちの日常の中でこの事故のことが語られることは少なくなりました。世田谷こども守る会では2011年以来、「福島を忘れない」を合言葉に、毎年クリスマスの時期に募金活動「サンタプロジェクトfor福島キッズ」を続けてきましたが、今年はあらためて事故を見つめ直し、福島の復興と子どもたちの教育のために尽力する放射線測定の研究者、小豆川勝見東大助教の活動に寄付をします。東京大学駒場キャンパスがイチョウの絨毯で輝く11月、小豆川勝見助教を訪ね、ご自身の研究と福島の現状についてお話をうかがいました。

 

 

小豆川勝見 1979年生まれ。茨城県で育つ。東京大学卒業。東京大学大学院総合文化研究科 博士課程 修了。現在、東京大学大学院総合文化研究科 環境分析化学研究室 助教。2016年より世田谷区教育委員会 放射線アドバイザー。福島県からの依頼を受け、これまで約12,000人の小中学生に放射線授業をおこなう。自治体や市民、子どもと対話をしながら、社会の側にたった視点を持ち続ける研究姿勢は世界の研究者からも高い評価と信頼を得ており、東京オリンピック開催時には、各国からの問い合わせにボランティアで対応する。

 

放射性物質は、動く

 

ーー原発事故以降、福島に通われています。

どのような研究を?

 

小豆川:元々は東海村の原子力研究をしていましたが、原発事故以降は、主に福島第一原子力発電所の周辺で、放射性物質がどこにどれだけ飛んでしまったのかを調べています。

 

特に力を入れているのが帰還困難区域の測定です。一部で避難指示解除が始まりましたが、実はきちんと除染されているわけではなく、所々、非常に高い放射線量があります。それではよくないので、これから解除される場所の土や作物や水を測定し、情報をきちんと示しておくことが大事だと思っています。

 

さらに2023年春から処理水が海に放出されるということで、その前後の様子を詳しく見ないといけませんから、船を出して原発沖の水や魚などの測定もしています。

 

帰還困難区域の測定(2022年7月撮影)
帰還困難区域の測定(2022年7月撮影)

 

 

ーーこれまでの測定から見えてきたことは?

 

小豆川:一番感じるのは、放射性物質の扱いは本当に厄介だということです。一回除染しても雨風が吹くとまた溜まってしまったり、どこかに移動してしまいます。場所によって流れ具合も違い、なだらかな所ではじわじわ動きますし、きつい谷では一気に流れ込む。

 

ところが行政上のルールでは、一回除染したらそこはもう、除染済みとなる。住民の方からすれば、除染されたと言われて帰ってきたのに、まだ線量が高いじゃないか、となるわけです。つまり、時間をおいて何度も測らなくてはいけない。しつこいくらい細かく、丁寧に数値を積み上げることで予想を立てられるし、ようやく「ものが言える」と思うんですね。

 

 

情報がないに等しい

「空白地帯」を測る理由

 

ーー政府は、徐々に帰還困難区域での避難指示を解除し、2030年までには全地域で住民の帰還を目指しています。現状を教えてください。

 

小豆川:例えば、原発を抱えた大熊町。環境省は解除するエリアで3万点ほど測りました。3万点と聞くととても多いように聞こえますよね。しかし面積で見ると1万平米、テニスコート7〜8面につき1ヶ所測ったに過ぎません。

私は住民に帰ってきてほしいから測定をしているのではありません。情報がないに等しい「空白地帯」があるから嫌なんです。

 

 

住民の方からも「自分はもう歳だし、子どもたちがここに来ることはないからもういいんだ」と、半分諦めみたいな言葉が出てしまうのが非常に悲しい。

 

本当は一軒一軒、こうなっています、台風の後はこうなります、この畑は将来こうなるでしょうと状況を説明しないと住民の方だって納得しないし、判断に困るじゃないですか。だからもっと細かく測らなくてはいけない。自分だったら、1日で数万点、国の測定値の100倍どころではないメッシュを取れるはずです。住民の方には何の罪もないわけですから、せめてそれくらいはしようや!と思います。

 

 

ーー国が示す根拠が科学的ではないという声も。

 

小豆川:もちろん多少の意図はあると思います。例えば、避難指示解除の基準は3.8マイクロシーベルト/時ですが、環境省が出してきた数値をみると3.78、3.79、3.78。あー!と思いますよ。だって一歩となりで測ってみたら3.8を超えるのに、国は「我々が定点で測っている所では基準値を超えていません」と言うわけです。

 

そうではないですよね、科学は。あなたは定点で暮らしているんですか?と。そうではなく、敷地の中で暮らして、畑に出て、道を往復するわけでしょう。

 

日本には有能な人材がいて技術もある。膨大な測定点でも一瞬で測ろうと思えば測れる技術立国のはずです。ドローンもOKになったじゃない。キックスケーターもOKになったじゃない。何故、線量計は駄目なのか?国がやらないんだったら、じゃあ私たち研究者がやりますよという話です。

 

 

海への放出の数値的根拠は?

なぜクロスチェックをしないのか。

 

トリチウムを含む処理水のタンクはすでに1000基を超え、今でも1日500トンの処理水が発生しています。2023年から始まる処理水の海への放出と、周辺の地下水について聞きました。

 

小豆川:原発周辺は地下水がものすごく多くて、完全にコントロールすることはできません。どうなるのか分からない、というのが正直なところです。唯一分かることは、ALPSという汚染水を処理する施設が常時フルスペックで頑張れば、結構いい装置だということです。

 

問題は、それがきちんと動いているのかを外部の人間が確認できないことです。入ってくる水や出ていく水を繰り返し第三者が測り、ああ、あそこがクロスチェックしているなら間違いないよね、となって初めて次の議論にいけるのであって、それをしないまま進めようとするから色々と対立が起きるんです。

 

しかも、海です。海への放出となると、太平洋諸国の懸念は大きい。だとしたらやっぱり丁寧にやるべきです。放出してよいかどうか、気持ちじゃなくて大元の数値は確かなのか、と。せっかく色々な国際機関も協力すると言ってくれて、時間も十二分にあったのに、クロスチェックができていないことが、測定者として気に入らないところです。

 

原発付近で採取した地下水
原発付近で採取した地下水

 

ーー地下水・畑・海…気の遠くなるような調査は、いつまで続くのでしょう。

 

小豆川:いつまででしょう…ゆっくりやっていては、どんどん問題が先送りになるので、それを早くするのが私たちの仕事です。効率のよい装置を作って、速く正確に測る方法を導入して、地域を回復させるのが我々の使命です。

 

もちろん最終的には、原発の廃炉まで持っていかなくてはいけない。そこでも私たちの情報が役に立てたらいいし、考えたくもないですけども、もし世界のどこかで再び核災害が起きた時は、きっと役に立つこともある。だから我々の情報を誰もが参照できるように論文を書き、次の世代や、その次の世代が参照できるよう残しておかなければと思っています。

 

「地域を回復させるのが我々の使命」
「地域を回復させるのが我々の使命」

 

 

ずさんな管理の現状に

科学者として対峙する

 

ーー先生が「測定」にこだわるその思いはどこから?

 

小豆川:私は粗忽な人間でして、2011年の事故前、原子炉の中で仕事をしていた時は、放射性物質の管理をもっとしっかりしろ、絶対に漏らすなと何度も怒られてきました。しかし、あれほど厳しく管理していたのものが、なぜ、事故が起きたら仕方がない、ここにあってもいいよとなるのか不思議で仕方がない。

 

例えるなら、我々は燃えるゴミの中にビンは入れませんよね。しかし国は、燃えるゴミにビンもカンも入れるどころか、その何百倍もまずいことをやっているイメージです。

 

それなら、せめて測りましょうよ、と思うわけです。私はかつて、原子炉というものは安全で壊れない、我々の明るい未来を作ってくれると信じていました。だからこそ、せめて測定しないと後世の人に示しがつかない、という思いでやっています。

 

大熊町内に積まれた汚染土(2022 年10月撮影)
大熊町内に積まれた汚染土(2022 年10月撮影)

 

科学はドラえもん的発想が必要

だから、子どもたちの若い力が希望!

 

小豆川先生は福島県の依頼で、子どもたちに放射線授業を行っています。訪問した学校は70校以上、授業を受けた児童生徒は延べ12,000人に上ります。なぜ、子どもたちの教育にも関わるのか聞きました。

 

小豆川:以前は大人を相手に話をしていたのですが、特に事故の3年後ぐらいから、反応が変わってきました。そもそも私の話は、「測定とは何か」、「ベクレルとは何か」という話で、右も左もない話です。それなのに、「いや、私はベクレルは気に入らない」と、とくに年配の方々に言われるようになりました。科学ではなく、こうあってほしいという気持ちをベースにお話をされる方が増えてきて、そこを変えるのは相当大変だ、もう無理だなと感じました。

 

ーー放射能の話題に対するアレルギーが強くなったということですか?

 

小豆川:その逆で、「原発は再稼働するべき」という方が、私の話をすごく嫌がるんです。どこにどれだけあるかなんて関係ない、今こそ日本が国力を持ち直すべきだ、だからベクレルの定義も聞きたくない、と。だとしたら、もう次の世代の人たちに教えて、議論をしてもらう環境を作った方がよほど効率的で生産的だなと、伝える対象を小中高生にシフトしました。

 

これまで延べ12,000人の小中学生に授業を実施
これまで延べ12,000人の小中学生に授業を実施

 

ーー子どもたちの反応は?

 

小豆川:いやもう、子どもはイデオロギー抜きに、純粋な理科の実験として興味を持って、面白がってくれます。興味を持ってもらうというゴールはもう十分達成できていると思います。あとは、彼らへの宿題として、家に帰ってセシウムの話をしてもらうことで二次的な波及効果に期待しています。いつ花開くかはこれからですが、少なくとも話をしないことには始まらないので、どんどん種を播いていこうと思っています。

 

ーーしかし彼らが大人になるまでには時間がかかります。

 

小豆川:事故の処理は、相当長引くと思っています。廃炉にも相当時間がかかるし、帰還困難区域の解除にも時間がかかります。子どもたちに教えた方が早いと思うくらい、この事故は長引くということです。明日片付くなら、こんなことはしません。

 

ーー子どもたちに何を期待しますか。

 

小豆川:福島第一原発の事故は、規模の割には放出量が奇跡的に少なく、運がよかった。でも、やはり日本最大級レベルの原子炉が壊れてしまい、あそこをどう片付けていいのか誰も分からないんです。一番恐ろしいのは、もう1回、事故が起きてしまうこと。確率としては低いとは思いますが、原子炉の中がどうなっているのか分からない以上、慎重に慎重を期さなければなりません。

 

そのためには、人を多く育てないといけません。とにかく新しいアイデアが欲しい。マンパワーより、アイディアです。どうやったら原発を効率よく片付けられるか、従来のアイディアを使って、水で埋めようか?風で乾かそうか?色々検討していますが、もっと効率のいい、ドラえもん的な発想が必要で、そのためには子どもたちの若い力が絶対必要だと思っています。

 

 

研究費はカツカツ

助成金は測定装置購入でチャラ

 

ーー海外に比べて日本の研究費は少ないと言われています。

 

小豆川:私の場合、大学からもらえる研究資金は年間30万円ほど。助教クラスで30万です。

 

ーー年に30万!? 1か月3万円もありませんが…

 

小豆川:はい、光熱費だけで終わっちゃいます。要するにゼロ。息をするのにゼロ円です!

あとは自分でどれだけ研究資金を稼げるかにかかっています。どうするかというと、助成金を申請して、通れば予算がくる。予算がきたら報告書を書く、その繰り返しです。しかしネックは大学の業務に追われて研究に十分な時間がとれないことです。研究ができなければ、研究費も獲得できません。

 

幸い、今年は少し研究費が取れて、5年間で1700万円を獲得しましたが、測定用の装置を一台買っただけでほぼ終わりました。あとは削れるところを削るしかありません。例えば福島の往復費は高速道路を使わないとか、自腹を切るとか。あとは防護服をいただけたら「わーい!」となるとか。本当にカツカツで回している状況です。

 

24時間測定できる装置を購入。これまでより多くの試料を効率的に測れるようになる。
24時間測定できる装置を購入。これまでより多くの試料を効率的に測れるようになる。

 

科学者として、伝えたいこと

 

小豆川:今回、ウクライナのニュースで「核」という言葉が出てきた瞬間、皆さん一度は福島原発のことを思い出したと思うんですね。ただ多くの方は、実際どういうものが原爆で、どういうものが原発事故か、違いを語れる人はあまりいません。あらためて核とはどういうことに使うのか、どういったエネルギーを持っているのか、どういう事故が起きて、その後どうなるのかということをもっと知ってもいいじゃないか、と思うのです。

 

嫌な話ですよ、ものすごく。嫌な話だけど、話しましょうよ。原爆を2発落とされたわけですし、もう少し知ってもいいんじゃないかと思います。

 

福島の景色は、行くたびに違います。色々な工事が始まり、いろんな施策が通って、建物は新しくなる。でも、人はいない。そしてそこには、放射性物質がある。このギャップをどう捉えたらいいのか。これは多分、現地に行かないと分からないです。そしてこれを分かっている人は、ごく限られています。

 

あの場所には何兆円もお金を入れていて、これから何十年も続くのに、なぜ知られてないんだ!だから私はあそこから、ここが現場ですよ、と授業をしたり、マスコミの人を入れて現場を案内したりしています。

 

皆さんにも、少しでも放射線の話をしていただけるとありがたいです。社会の関心がないというのが、一番辛いですから。それが我々にとって一番の後押しになります。