川場移動教室 保護者から寄せられた手記

毎年、区立小5年生を対象に実施される川場移動教室。しかし、宿泊先の群馬県川場村は、原発事故の影響によって「汚染状況重点調査地域」の指定を受け、保護者の間では、今でも参加を不安に思う声が聞かれます。

 

中でも目立つのが、学校とのコミュニケーションの難しさについての訴えです。

「全員参加というプレッシャーの中、表だって声を上げることができない」、「思い出づくりは大事だと先生に言われ、相談しにくい」、「欠席しても欠席扱いにならないという噂は本当か」など、先生との意識のずれや情報不足によって、学校への不信感を募らせるケースが毎年、繰り返されています。

 

こうした中、過去に同じ悩みを経験した保護者の方から、当時の思いを綴った手記が寄せられました。親子で真剣に悩み、学校と向き合った一年間。その経験が、少しでも後に続く方々の参考になれば、と語って下さいました。その勇気に深く感謝しつつ、多くの方に読んでいただくことを願い、以下に掲載させていただきます。

 

なお、世田谷こども守る会では、Aさんのように、川場移動教室を経された/されている方々からの手記を広く募ります。参加/不参加、学校との話し合いあり/なしは問いません。また、お名前やお子さんの学校が特定されないよう、十分配慮した上で掲載させていただく方針です。詳しくは、ホームページからお問合せください。

悩んだ末、参加を決めた保護者Aさんの手記

「群馬県の川場村は福島第一原発の事故によりホットスポットになってしまった」と認識していれば、川場移動教室に疑問を持つのが、ごく普通の感覚ではないでしょうか。

震災後の状況を色々調べていた私は、原発事故と汚染について家族で話す機会も多く、子どもも「放射能で汚染された所には行きたくない」と、川場移動教室には不参加と決めていました。私もそのつもりでいましたが、聞いておきたいことがあったため、一応、説明会には参加してみました。

 

その年は、震災から三年目。

 

事前に、世田谷区教育委員会より「年々、放射線の空間線量率は下がり、世田谷区の子どもたちが行く場所は除染されているので大丈夫」という趣旨のプリントが配布されていました。

 

「なぜ、除染しなければならないような所に子どもたちを連れて行くの?地元の住民の方が暮らしている所は除染されていないの?平成23年度(2011年度)に行った子どもたちはかなりの被曝をしたということ?」などと憤りを覚えつつも、説明会終了後、校長室へ向かいました。校長先生は説明会の冒頭で挨拶はされましたが、「何か質問があれば私に直接どうぞ…」と言って、すぐに退室されていたからです。その時点で、できれば参加させたくないと言っていた保護者は割と多かったように思います。

 

とはいえ、校長室は敷居が高いようで、結局、どうしても話したいという数名で伺うと、「事情は人それぞれ違うので話は一人ずつにしてください」と言われてしまいました。(これは、個人のプライバシーを守る優しい言葉のようにも聞こえますが、実は、川場移動教室に疑問を持つ保護者たちがグループを作ることを防ぐという意図もあったのかもしれません)

 

仕方なく順番を待ったのち、まずは、子どもの気持ちを伝えました。

 

私の希望は、こんな状況で実施するのだから、授業の一環ではなく「任意」という形式にして出欠を取っていただきたい(以前から学校に要望していましたが、却下)、放射能を理由に欠席する場合は出席扱いとする区の方針を発表していただきたい、事前学習は不参加の子どもたちにとっては辛いものなので、楽しみにしている子たちには申し訳ないが、時間を減らしていただきたい、そして事後もご配慮願いたい、というようなものだったと思います。

 

校長先生の返答は、拍子抜けするほどあっさりしたものでした。事前事後の件に関しては理解を示してくださり、さらに欠席の仕方についても、「放射能が気になるから…」とはせず、「病欠」にした方が丸く収まるし本人も傷付かないとアドバイスしてくださったのです。「学校には来なくてもいいから、家族で旅行にでも行ってきたらいいよ」ともおっしゃいました。

 

このような話し合いを要求する保護者にはとことん寄り添うという姿勢は、一見、好対応のように感じるかもしれませんが、私の受け取り方は違いました。

 

「病欠にするというのは、子どもに嘘をつかせることになりますし、既に、放射能を理由に参加しないことを友達に公言しているようですので、その選択肢はありません」と説明すると、校長先生は「他の子に話すのは、不安を与えてしまうので良くない」と、子ども同士が放射能のことを話題にすることに否定的な様子でした。私は、子どもたちにとっても放射能のことを考える良い機会と捉えていたので、根本的な感覚の違いに唖然としてしまいました。

 

もう一つ、家族で行く旅行なら何度も経験しています。五年生の移動教室は、子どもにとって、小さい頃から同じ学校に通ってきた友達と初めて一緒に宿泊体験をする貴重な機会なのです。それを、いとも簡単に奪ってしまうこの状況と、思いがけない言葉の数々に腑に落ちないまま帰宅しましたが、とりあえず子どもには現地での行程を説明しました。すると、意外にも「楽しそう!行きたい!」と言ったのです。

 

自然体験を謳いながら、震災後は被曝軽減のため、だいぶ変更された行程も、子どもにとっては魅力的なものに感じられたのでしょう。それでも、子どもの気持ちは完全に「参加」に傾いたわけではなかったので、その日から、迷走し始めることになります。

 

校長先生は、「川場移動教室は六年間で一番の思い出になる素晴らしい行事なんです」と誇らしげで、学校側には、参加者が減ることを恐れているとしか考えられない対応が見受けられました。私自身も、校長先生の言葉が引っかかっていて、子どもに悲しい思いをさせてはいけない、一人だけ話についていけず孤立してしまったらどうしよう、などと、とめどなく不安が頭をよぎり、冷静さを失ってしまうこともありました。

 

親子での話し合いには想像もつかなかった葛藤が伴い、子どもの本音を聞き出す作業は親といえども困難で、時間と工夫(車で数時間の所へ一泊旅行をしたのですが、帰宅の車中で話し合うことができました)が必要でした。このように親子で真剣に向き合えたことは、ある意味、収穫ですが、結論を出すまでの間、私たち親子だけの話ではなくなり、大変な苦悩も体験しました。一番ショックだったのは、参加するのが当然と考えている保護者の方に、「子どもが行きたくないと言ってるのは、放射能汚染を気にしすぎる親の顔色をうかがっているからなんじゃないの」と言われたことです。

 

これが学校教育の目指すところなのでしょうか。そもそも汚染がなければ、こんな思いをすることもなかったはずですが、震災後すぐに世田谷区が「子どもたちの安全」を一番に考えた対策をとっていれば、学校側と保護者が無駄な時間を費やす必要もなかったのだと思います。

 

さまざまな人間関係を歪めてしまう川場移動教室は、最終的に、私にとっては「思い出したくない辛い過去」となってしまいました。

 

我が家の結論が出たのは、出発の数日前でした。

 

紆余曲折の末、参加することにしたわけですが、私がこれを決断をした理由は、大きく三つあります。

 

一つめは、子どもが希望した、ということです。

友達と遊ぶのが何より好きな子でしたので、一緒に過ごさせてあげたいと思う気持ちもありました。また、家族旅行では得られないものがあるだろうし、それが子ども自身の成長にもつながるのではと、その時は感じたのです。

 

二つめは、学校が、子どもの不安への対応を約束したことです。

食事の完食を強いられることが苦痛だということも参加したくない理由の一つだったことが分かり、事前にいただいていたメニューにも安全とは言い切れない食品が含まれていたため、無理に食べさせないようお願いしました。

 

三つめは、現地が除染されているということです。

東京もある程度は汚染されており、場所によっては川場村よりも酷い汚染が見つかることもあったので、自分でも予想外でしたが、納得する材料になりました。本来ならば汚染のない地域に行く方がいいのですが、たったの三日間だから仕方ないか、という諦めの気持ちもあったかもしれません。

 

校長先生には、私なりに掻き集めた情報をお伝えし、できるだけ汚染された場所を避けていただくようお願いもしました。短期間での準備は慌ただしく大変なものでしたが、帰宅後の第一声が「楽しかった〜!来年の日光も行くからね〜!」と明るい表情だったので、私も一安心でした。(一難去ってまた一難ではありますが…)

 

だいぶ時間が経ってしまったので忘れているところもあるかもしれませんが、私が経験した、川場移動教室参加をめぐる経緯は、だいたいこんな感じだったと思います。

 

後日、子どもは、「べつに川場村へ行きたかったのではなく、友達と一緒ならどこでもよかった」と言っていました。また、子どもたちの記憶は次々と更新されていくので、あれほど迷った移動教室のことも、それほど強く印象に残っているわけではなさそうです。

 

結局のところ、十分な自然体験もできない場所にわざわざ行く意味って何なのかと、ただただ不信感が募るばかりです。

 

最後に、今回なぜ私が「思い出したくない辛い過去」を思い出そうとしたのか、それは、自分が川場村へ行ってみたことがきっかけでした。さらに、放射線の影響を危惧する保護者たちが毎年同じように苦悩していること、参加してもしなくても苦悩が続いている場合があることを知り、後に続く人々に伝えなくてはいけないと思い至ったからです。

 

川場村では、空間線量計を持って出来る限りのところを測定しながら歩きました。

 

1メートル違えば、数値は全く違うこともあります。

 

数値は、決して低くはなく、安全と言い切れる状況ではなかったと思います。

 

やはり子どもを行かせるべきではなかったと、今更ながら後悔もしました。ですから、これから参加させる保護者の皆さんには、ぜひ現地へ行って、安全か安全でないか、ご自分で確認していただきたいのです。

 

川場村は、確かに美しいところでした。

しかし、子どもたちに無用な被曝をさせてはいけません。