緊急報告!

      サンタProjectFor福島キッズ 2013

        募金総額 1,046,334円

    お蔭さまで昨年度を大きく上回る、過去最高の額となりました!

◆募金総額と寄付の送付について◆

募金総額は 募金箱(20か所)で324,661円お振込( 103件)で721,673円

合計 1,046,334 円 !目標だった昨年の額70万円を大きく上回る金額となりました!

 

募金は、青葉学園といわき育英舎、それぞれに暮らす子どもの数に応じて分けました。

57名が暮らす青葉学園には 670,092円。古くなった洗濯乾燥機を買い替えるという

 ことで、募金を書留でお送りしました。

32名が暮らすいわき育英舎には 376,242円。園長先生とご相談の上、子どもたち

 全員に行きわたるよう、ふかふかの羽毛布団を26枚と、色とりどりカバーを32枚 

 購入し、お送りしました。また、布団代と送料を差し引いた金額は別途、書留でご送付

 しました。


 予想もしていなかった多額の寄付をいただきまして、事務局一同、本当に感動いたしました。募金をして下さった方、募金箱を設置して下さったお店の皆さま、そしてお励ましのお言葉を下さった方々に、心からお礼申し上げます。ありがとうございました。

 

 青葉学園といわき育英舎からお礼状が届いています。詳しくはこちらのブログから。http://savesetagaya.blog.fc2.com/blog-entry-109.html

  ◆募金箱設置にご協力いただいたお店◆

from Earth Cafe "OHANA″(三軒茶屋)

木を植えるレストラン オーロラ(下北沢)
ティッチャイ(下北沢)

深沢1136(深沢)

Rue5(等々力)

5Watts(深沢)

Sora(目黒区八雲)
CRMSせたがや・市民放射能測定所(下北沢)

Cafe Point(深沢)

さとう接骨院(深沢)

KYODO406(経堂)

ロハスキッズ・センター クローバー(二子玉川)

ブーランジュリー・コシュカ(深沢)

太陽食品(等々力)

ファームランド(深沢)

パチャカフェ(奥沢)
ワイン・ショップ・イーエックス・セラー(奥沢)

美容室ビーチ(奥沢)

のっけ(大分県都町)

北側園 (大分県鶴崎) 

 

 


◆2013サンタProjectFor福島キッズ 広報用チラシ◆


◆「青葉学園」と「いわき育英舎」◆

 

青葉学園では15年間フル回転で使い続けて老朽化したガス洗濯乾燥機を、新しい電気乾燥機に買い換えたいと考えているそうです。子どもたちが遊ぶ園庭の除染が終わり、日常生活は落ち着きを見せていますが、山の麓にあり、農園に囲まれているため、土埃がたつ日などには土の微粒子とともにセシウムが舞い上がり、線量が上がってしまうとのこと。今も放射性物質を気にしながらの生活が続いています。雨の日にも乾燥した日にも、乾燥機はなくてはならないものだそうです。わたしたちの募金をこれらの資金に充てていただければと考えています!

 

いわき育英舎で今、必要とされているのは、子どもたちが使う新しい毛布だそうです(自宅にある未使用の毛布でも良いそうです)。

今、使っているものはすっかりくたびれていますが、買い換える余裕がありません。

しかも、築30年の建物の老朽化が進み、

子どもたちの居室を暖めるヒーターが故障してしまいました。再来年には建物自体の立替が予定されているため、それまでは

修理することができない状態が続きます(修理には数百万円がかるそうです)。

今、子どもたちは湯たんぽを使っていますが、これからますます寒さが厳しくなります。

新しいふわふわの毛布を子どもたちに贈りましょう! 

◆震災と児童養護施設◆

 家庭という後ろ盾のない児童養護施設の子どもたちには、原発事故の後も県外避難という選択肢はありませんでした。また、朝晩の食事を施設で摂るにもかかわらず、震災後2年近く、食材の放射能検査機器が配布されませんでした。子どもたちは、外部被曝、内部被曝、両方の危険にさらされてきました。   震災から2年半余り、原発被害を受けた地域で暮らす子どもたちの様子が、福島県外で報道されることはほとんどなくなっています。しかし今も、雨風で盛り土が削られる度に、除染を続けなければならない状況は変わっていません。甲状腺検査やホールボディカウンターでの検査を受け、放射能の影響が出ないことを祈りながらの生活が続いています。  

 また、長引く避難生活による親のストレスが高まり、福島県内並びに県外の避難先での、子どもへの虐待やDVの増加が指摘されています。両児童養護施設にも、こうした家庭からの子どもたちの入所が増えているそうです。

◆サンタProjectFor福島キッズとは?◆

 震災の年の冬、「福島の子どもたちのために少しでもできることがしたい!」という思いからスタートしました。  
 2011年は72万5603円が集まり、福島県内の児童養護施設、保育所などの子どもたちに、現金やプレゼントの形で贈りました。  
 2012年は、前年を上回る72万9832円が集まりました。活動を長く続けていきたいという思いから、2箇所の児童養護施設(青葉学園といわき育英舎園)に贈り先を絞り、それぞれの施設にお渡ししました。↓昨年度の福島訪問リポートは以下をご覧ください↓

「サンタProject For福島キッズ」 

お振込受付は12月19日(木)をもって終了しました

 

  ■城南信用金庫 玉川支店 店番018 口座番号581649 

          世田谷こども守る会 代表 瀬田美樹

         (セタガヤコドモマモルカイ ダイヒヨウ セタミキ)

 

  ■ゆうちょ銀行 (ゆうちょ口座からの場合) 記号10020 番号86949451

         世田谷こども守る会(セタガヤコドモマモルカイ)

 

  ■ゆうちょ銀行 (他行からのお振込みの場合) 店名00八〈ゼロゼロハチ〉

         普通 8694945 世田谷こども守る会(セタガヤコドモマモルカイ )

 

 

2012年度 サンタProject For福島キッズ ご協力ありがとうございました 

震災から2回目の冬。今回のサンタプロジェクトでは、前回を上回る金額が集まり、事務局一同、皆さまのご理解・ご協力に感謝の気持ちでいっぱいです。お預かりしました募金は、12月末に福島を訪ね、「いわき育英舎」と「青葉学園」の方々に直接お渡しして参りました。事務局・矢野からのご報告です。(プリントアウトにはページ下部のファイルをお使いください)

 

★★★

 

■会計報告

 この度皆さまからお寄せいただいた募金の総額は、72万9832円 でした。どうもありがとうございました。このうち、832円は募金を入れる封筒やのし紙などの購入にあてさせていただき、72万9000円を30人(育英舎):53人(青葉学園)に分けることにしました。結果、いわき育英舎さんに26万3000円、青葉学園さんに46万6000円を、クリスマスカードとともにお渡しいたしました。

 

※福島への往復と福島県内での交通費は、世田谷こども守る会メンバーのカンパでまかないました。

 


 

 

 ★★★

 

  

■いわき育英舎への訪問

 

<いわき育英舎について>

 いわき育英舎はJRいわき駅から車で20 分ほどの山や田畑が拡がる田園地帯にあり、現在3 歳から高校3年生までの子どもたち30名が生活しています。福島第一原子力発電所からは直線距離で34キロ、福島県内では比較的空間線量が低いと言われているところです。1982 年の設立当初からある大きな建物のほか、少し離れた交通の便の良いところに、民家を利用した就学前の幼児4 名と高校生のためのグループホームもあります。子どもたちは福島県内全域から集まってきており、中には、自宅が倒壊したり津波で流されたりして、家庭に戻ることがますます難しくなっている子どももいるとのことです。

 

いわき育英舎
いわき育英舎
子どもたちの居室(加工しています)
子どもたちの居室(加工しています)

 

<震災直後のこと>
 施設長の市川誠子先生が対応して下さいました。震災当時のことや、昨年関わりを持たせていただいてからのこの1 年をどのように過ごされてきたのか、いろいろとお話を伺いました。その一部をここでシェアさせていただければと思います。


 震災直後は、子どもたちも先生も全員無事ではありましたが、換気で放射性物質が入ってくるのを防ぐためエアコンも灯油ストーブも使えず、小さな電気ストーブを食堂に置いて、全員が身を寄せるようにして過ごしていたそうです(電気は当日夜に復旧)。断水していたため、タンクに残ったわずかな水を大切に使い、その後は、先生方と中高生たちとで、地域の方からいただいた簡易水道の水や山のわき水を運び、飲料水と生活用水を確保。施設内に残っていた缶詰やお米、お菓子などでしのぎました。しかし、道路が封鎖され、外に買い出しに行くことはもちろん、物資が一切入ってこなくなってしまったため、一週間後には施設を離れることになりました。子どもたちを全員連れて、公用車などで中通りの某市に避難したそうです。いわき育英舎は、福島県内にある8 か所の児童養護施設の中で、唯一施設からの避難を余儀なくされました。

 

震災直後 皆で過ごした食堂
震災直後 皆で過ごした食堂

 

<一番好きなおもちゃをひとつだけ>
 避難するとき、先生は子どもたちに、持っている中から着られなくなっても良い服を選んで着ていくこと(車を降りたら、すぐに捨てるか除染に回すため)、そして、「いつここに戻ってこられるかはわからないのだから、一番好きなおもちゃをひとつだけ持って行くように」と指示をしたそうです。お気に入りのゲームをひとつだけ、大好きなぬいぐるみをひとつだけ…。あとは各々着替えをリュックに入れて車に乗りました。しかし、避難した先は、事故直後の空間線量20 マイクロシーベルトを超えていた場所だったとのこと。住民の方々は、表で小さな子どもの手を引いて給水の列に並んでいたそうです。

 

 幸い、物資は潤沢にあり、県の施設内の空いている部屋に布団をびっしり敷いて、外に出ることなく、2週間ほど過ごしました。しかし、狭い場所に子どもたちを閉じ込めておくことも限界になり、学校も通常通り始まるとの連絡が入ったため、物資も入り始めていたいわきに戻ったとのことでした。

 

 市川先生は、「施設の子どもたちは過酷な環境を逃れて施設に入所してきたのに、原発事故のせいでまたそこからも避難しなければならなかった。そのときは大変やるせない気持ちでした」とおっしゃいました。児童養護施設に関することは県の管轄であり、福島県内では比較的線量が低い地域のため、今のところ育英舎では除染は行われていません。地域の小中学校での体育の授業などは普通に外で行われています。今は、就学前の幼児だけ、外で過ごす時間を1日40 分だけと区切って過ごすようにしているそうです。「心配しながらも、心配し過ぎていたのでは参ってしまって、日々の生活もままならないのが現実」。重い言葉でした。

 

この日の空間線量は0.148マイクロシーベルト毎時(平均的な数値)
この日の空間線量は0.148マイクロシーベルト毎時(平均的な数値)

 

<みんなで行った佐渡旅行>
 ほっとするお話もありました。多くのボランティアの訪問や支援が途切れることなく続いていること。そして、昨年の夏休みには、子どもと職員全員で二泊三日の佐渡旅行に出かけ、海水浴を楽しむことができたそうです。施設が公共交通機関の少ない不便な場所にあることもあり、普段、学校や通院以外に施設の外に出かけることがめったにない子どもたちにとって、とても大きな経験だったとのこと。また、職員の方々にとっても、思う存分子どもたちを野外で遊ばせることができて、これほど肩の力が抜けたことはなかったとおっしゃっていました。この佐渡旅行の他にも、様々な支援を受けながら、少人数ずつ京都への保養などにも出かけられたとのことです。


「旅行などに限らず、家庭にいれば普通にできるようなさまざまな経験を積み重ねてやりたいと思っています。子どもは経験によって変わっていく、というか、経験によってしか変わらないのです」。そう先生はおっしゃっていました。そうしたお話の流れだったためでしょうか。今回皆さんがお寄せくださった寄付金をお渡ししたところ、市川先生は、「今年もぜひこのお金を使わせていただいて、子どもたちと旅行に行きたいと思います」と言ってくださいました。そうしていただけるのなら、何よりも嬉しいことですとお伝えしました。

 

統括指導主事・高井裕幸先生と 施設長・市川誠子先生
統括指導主事・高井裕幸先生と 施設長・市川誠子先生

 

 訪問した12 月21 日はちょうど終業式の日で、お昼前に小中学生が次々と帰ってきました。どの子も明るくて人なつこい様子でしたが、その中には入所したばかりの幼い兄弟もいました。皆、虐待や保護者の死、貧困など、困難な背景をもつ子どもたちです。

 

 ひとりの中学3年生の男の子が、「(成績が)上がった!上がった!」と大きな声を出しながら玄関を入ってきて、興奮した様子で市川先生に通知票を見せていました。そして、廊下を飛び跳ねるようにして自分の部屋に戻っていきました。

 

 現在では、児童福祉施設の子どもたちもほぼ全員が高等学校に進学するようになりました。「高校を卒業するまでの間は施設で安定した生活ができるし(※中卒で就職する場合は15 歳で施設を出て、後ろ盾のないまま独り立ちしなければならない)、高校を卒業すれば職業選択の幅が大きく拡がるので、がんばって望む高校に行ってほしいと願っています」。

 

「成績が上がったと言っても、アヒルの競争みたいなものなんですよ(笑)。でも、ここの子どもたちは、どうせ自分なんか、とか、どうせ施設の子だから、というのが口癖なんです。長く施設で育ってきた子どもが、「行きたい高校に行くために勉強しよう」。そうした気持ちになれているというだけで、私たちはほっとするのです。少なくともその子は、前を向いて進もうとしているということですから」。市川先生の言葉が強く心に残りました。  

 

★★★

 

■青葉学園への訪問

  続いて、福島市の郊外、吾妻山山麓へ青葉学園を訪ねました。周囲には桃や梨の畑が拡がっていて、春には果樹の花々が一斉に咲き乱れ、夢のように美しい風景に包まれるそうです。「今年は寒くてもう何度か雪が散らつきました」とのことでした。

 

<青葉学園について>
 現在ここで暮らしている子どもは、2 歳から18 歳までの53 人。私が訪ねた翌週には、もうひとり2 歳の子どもが入所する予定だと伺いました。その7 割が虐待を受けていた子どもたちです。

青葉学園
青葉学園
 「家」の玄関(後ろ姿は園長の神戸先生)
「家」の玄関(後ろ姿は園長の神戸先生)

 

 園長の神戸信行先生が園内を案内してくださいました。
 こちらの施設の特徴は、小さな「家」をいくつも敷地内にもち、6~8人程度の異年齢のグループや、高校生のグループなど、それぞれの子どもにとっての「良い環境」で暮らせるよう、工夫されていることです。各グループには担当の「お姉さん」(職員)がいて、建物の二階に住み込みで生活しています。こうした形式は「小舎制」と呼ばれていますが、園長の神戸先生によれば、「昔ながらのやり方をしていたら、今はそれが一番新しくなってしまいました(笑)」とのことです。
 室内も一般の家庭のような雰囲気が大切にされています。各々のグループホームで本格的な調理はできませんが、ごはんや味噌汁など簡単なものは各部屋で用意し、調理室でつくったおかずを運んで、それぞれの「家」ごとにテーブルを囲んで食事をしているそうです。

 

室内のようす
室内のようす
食卓
食卓

 

 

 

<放射性物質との闘い>

この日の放射線量は0.226マイクロシーベルト毎時(やや低め)
この日の放射線量は0.226マイクロシーベルト毎時(やや低め)

 

 原発事故からずっと、青葉学園は高い放射線量に苦しめられています。園庭の空間線量は高さ1 メートルでも0.5 マイクロシーベルトを超えていました。また、水の流れにより放射性物質が濃縮されて、子どもたちの居室のすぐそばにある洗濯物干し場の線量は、1 マイクロシーベルトを超えてしまっていたそうです。
 建物を高圧洗浄機で洗い、今年11 月から大規模な除染工事を始めました。園庭の表面の土ははぎ取り、砂場の砂も入れ替えました。また、洗濯物干し場はコンクリートで固めて、水を側溝に流すよう造り替えたそうです。「流れていった放射性物質が消えてなくなるわけではないのですが、子どもからは遠ざけなければならないという一心でやっています」。それでも、施設周りの空間線量は、今も0.25 マイクロシーベルト前後で高止まりしていると言います。「どれだけやってもこれ以上は下がらないのです」と神戸先生は悔しそうにおっしゃいました。子どもたちの外遊びは、今も1日1時間までに限られています(※現在の数値は、福島市内ではむしろ低い方だということです)。


 子どもが遊ぶ園庭などの除染費用は国や県に申請して認められました。しかしそれ以外にも、洗濯物干場や通学路など線量の高い箇所が多く見つかっています。それら自己負担で行わなければならない除染には高額の資金が必要であるため、現在、広く支援を呼びかけています。手つかずの場所もまだ多く残り、今後も濃縮などによって除染が必要な場所は増えていく可能性があります。「ひとつひとつ対処していくしかないですね」。先生はきっぱりとおっしゃいました。


 施設の裏に回ると、そこには、除染作業で出た汚染土が高く積み上げられたままでした。

 

改修されたばかりの洗濯物干し場 
改修されたばかりの洗濯物干し場 
増え続ける汚染土が敷地の隅に
増え続ける汚染土が敷地の隅に

 

 

 

 

内部被曝を防ぐための取り組み

プレハブの食品放射能測定室
プレハブの食品放射能測定室
ベラルーシATOMTEX社製       NaIシンチレーションスペクトロメータ
ベラルーシATOMTEX社製       NaIシンチレーションスペクトロメータ

 

 青葉学園では今年3 月、日本キリスト教海外医療協力会から放射能測定室の寄贈を、また、日本ルーテル教団から食品放射能測定器の貸与を受け、福島県内の児童養護施設では初めて、食品の安全を確かめる放射能測定を始めました(検出限界は5 ベクレル程度)。現在は毎食後に子どもたちの食事の丸ごと測定(※1 食あたりのベクレル値を測定)を行うほか、気になる食材の測定などを行っていて、近隣で必要とされる方にも利用してもらっているとのことです。

 

「地元産の食材であっても検出されることはほとんどありませんが、放射性物質が目に見えない以上、ひとつひとつ確かめて自衛していくしかありません。今、こうした機器がすべての児童養護施設に設置されるよう働きかけているところです。施設の子どもは学校給食以外のすべての食事を施設内でとるのだから、当然必要なことだと思います」。

 

 


<前を向いて進む>
 現在青葉学園では、老朽化していた児童棟の一部を耐震化する改築工事が行われています。春には完成するこちらの建物では主に高校生など年長の子どもたちが生活する予定で、2 人1 部屋で真ん中をアコーディオンカーテンで仕切って個室のように使うこともできるそうです。「プライベートな空間をもつのが難しい集団生活ですが、ほどほどの距離感でひとりの空間をもてることが必要な子もいますし、子どもは皆大きくなれば自分の部屋をもちたいと思うものですしね」と、副園長の神戸まり子先生がおっしゃいました。


 今回のクリスマスプレゼントである寄付金で購入したいとおっしゃっていたベッドは、こちらの建物で使うためのものだということです。園長先生にお渡ししたところ一瞬言葉を失われ、「…これだけあれば、子どもたちのベッドをたくさん買うことができます。こうしたご支援があるから、私たちは前を向いて進んでいけます。ほんとうに皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです」と、おっしゃいました。

 

改築中の児童棟
改築中の児童棟
事務長の油井幸子さんと 園長の神戸信行先生
事務長の油井幸子さんと 園長の神戸信行先生

 

 

 駆け足ではありましたが2 つの施設を訪問して、改めて多くのことを考えさせられました。

 

 家庭という「居場所」を得られずにいる子どもたち。そして、原発事故の被害者としての子どもたち。そのどちらも、私たちがつくっているこの社会の”ひずみ”が生み出しているのだということを、改めて強く思いました。


 「すべての子どもに等しく未来がひらけますように」

 

 私たちにできることはごくわずかでしかありませんが、厳しい現実から目を背けずに、これからも2つの施設と関わりを持ちながら、何ができるか考え続けていきたいと思います。

(事務局・矢野)

 

★★★

 

↓上記の報告はこちらからプリントアウトできます↓

 

会計報告
会計PDF.pdf
Adobe Acrobat ドキュメント 2.4 MB
いわき育英舎訪問
福島訪問_いわき育英舎.pdf
Adobe Acrobat ドキュメント 329.7 KB
青葉学園訪問
福島訪問_青葉学園.pdf
Adobe Acrobat ドキュメント 554.7 KB

★★★

 

なお、「サンタProject For福島キッズ」は

1月11日発売の「週刊金曜日」に取り上げていただきました。

記事はこちらから。

 

★★★

2011年 サンタProject For福島キッズ ご協力ありがとうございました

ご協力ありがとうございました!!             

昨年末、皆様にご協力頂きました募金は、総額725,603円に上りました。

〆切まで短い期間ではありましたが、多く方々からご支援を頂き、事務局一同、心から御礼申し上げます。お預かりしました募金は、福島の園や施設の方々とご相談の上、贈り物、または送金の形で、無事、お渡ししましたことをここにご報告致します。 (1月5日更新)

 

<送り先の園や施設>

◎福島県 浪江町の保育園(浪江町役場福祉子ども班宛)
◎福島県 いわき市の養護施設(いわき育英舎)

◎福島県 福島県東白川郡棚倉町立棚倉幼稚園

◎福島市 土船の養護施設(社会福祉法人 児童養護施設 青葉学園)
◎福島市 渡利地区保育園(こどものいえ そらまめ保育園)
◎山形県 米沢市幼稚園(青空幼稚園 たけのこ)

★贈物★
*浪江町の保育園園児60名にコムギねんど、すごろくと福笑いのセット、パズル、シール、折り紙、ぬりえなどをお送りしました。園児たちは現在、それぞれの避難場所にいるため、60個のプレゼントを用意し、浪江町役場の方に送って頂きました。
*米沢市の幼稚園へ図鑑(昆虫、草花、動物図鑑)をお送りしました。

 

★送金★

*いわき市の養護施設(いわき育英舎)
*土船の養護施設(社会福祉法人 児童養護施設 青葉学園)
*渡利地区保育園(こどものいえ そらまめ保育園)
*米沢市幼稚園(青空幼稚園 たけのこ)

 上記の施設や園からは建物の改築や移転のための費用が必要、とのお話を伺い、ご相談の結果、送金という形をとらせて頂きました。

*福島県東白川郡棚倉町立棚倉幼稚園には、2012年8月、改築費として寄付しました。

「世田谷子ども守る会」では、今後も様々な形で福島の子どもたちを支援していく計画です。

今後ともよろしくお願い致します。